豊前中津奥平家供養塔
下野宇都宮奥平家供養塔

豊前中津奥平家供養塔は、和歌山県高野山奥の院22町石西にある。
参道沿いの伊勢桑名松平家供養塔の奥(南側)に建立されている。
史跡金剛峯寺境内(奥院地区)大名墓総合調査報告書によると、大型五輪塔10基、小型五輪塔3基、宝塔1基、墓標1基がある。
「豊前中津奥平家墓所」と記した案内柱の建てられている供養塔は、豊前中津藩6代藩主 奥田昌暢供養塔である。
その奥(南東側)には、下野宇都宮藩初代藩主 奥平昌章供養塔がある。
奥平昌章(自性院)(1668-1695)は、出羽山形藩第2代藩主で、のち下野宇都宮藩藩主となった。
奥平昌章は、元禄8年(1695)に28歳で亡くなり、家督は当時2歳の次男 昌成(まさしげ)が継いだ。
奥平昌章供養塔の奥(南東側)には、倒壊した奥平昌成供養塔がある。
奥平昌成(1694-1746)は、下野国宇都宮藩主、丹後国宮津藩主を経て、豊前国中津藩初代藩主となった。
奥平昌成供養塔の地輪には、豊前州中津城主従四位下前奥平大膳大夫源昌成爲菩提也 と刻されている。



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