真別処 円通律寺

円通律寺は、和歌山県高野山の蓮華(れんげ)谷から南へ一山越えた清閑な谷間にある。
本堂・坊舎(庫裏)・鐘楼門・宝庫・鎮守社・所化寮などの建物からなる。
霊岳山律蔵院と号し、本尊は釈迦如来(木造坐像、国指定重要文化財)である。。
古くは専修往生(せんじゅおうじょう)院と称し、高野山の別所のうち教懐によって開かれた小田原(おだわら)別所、覚鑁系の徒によって相続された中(なか)別所、明遍による東(ひがし)別所に対して新(しん)別所(真別処)ともよばれた。
別所とは、念仏聖の集まっているところをいう。
空海の十大弟子の一人智泉大徳の開基と伝え、智泉没後荒廃していたのを、文治年間(1185-89)に奈良東大寺再建の大勧進職をつとめた俊乗房重源が再興、専修念仏の道場としたという。
当時、源空や熊谷蓮生房等が登山して重源と好誼を結んだと言われる。
その後、重源が源頼朝の招請に応じて鎌倉に下向したため衰退したが、江戸時代 慶長17年(1612年)、2代将軍徳川秀忠に仕えていた山口修理亮入道重政(剃髪して「深慶」と呼ばれた)は、玄俊とともに重源の跡を慕って再興を図った。
元和5年(1619年)に再興なって、賢俊房良永を中興として招請した。
以後、真政房円忍・恵深房妙瑞・密門房本初・密乗房龍海など戒律堅固の住持に受継がれて今日に至っている。
江戸時代には末寺は大和国六院、和泉国・下総国各一院、摂津国二院、伊予国七院があった(紀伊続風土記)。
近代に入り、長く大会(だいえ)堂(蓮花乗院)が寺務を兼帯していたが、近年金剛峯寺に移管され、同寺座主が住職を兼ねる。
現在、事相講伝所が開設され、修行専門の道場となっており、拝観はできない。
参道入り口には、「不許葷酒入山門(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)」「大界外相(だいかいげそう)」の結界石がある。
年に一度、旧暦4月8日に花盛祭が行われ、その時には参拝者も入ることができる。
国指定重要文化財の紙本著色十巻抄・紙本白描不動明王二童子毘沙門天図像がある。
2019年4月に本尊を安置する檀の下から「高野山奉納小型木製五輪塔」が見つかった。
2021年2月に国の文化審議会は、五輪塔と関係資料を登録有形民俗文化財とするように答申した。
南海高野線高野山駅からバスで、苅萱堂前下車、徒歩30分。




TOP PAGE  観光カレンダー
TOP PAGE  观光最佳时期(旅游日历)