真別処 円通律寺

円通律寺は、和歌山県高野山の蓮華(れんげ)谷から南へ一山越えた清閑な谷間にる。
本堂・坊舎(庫裏)・鐘楼門・宝庫・鎮守社・所化寮などの建物からなる。
霊岳山律蔵院と号し、本尊は釈迦如来(木造坐像、国指定重要文化財)。
古くは専修往生(せんじゅおうじょう)院と称し、高野山の別所のうち教懐によって開かれた小田原(おだわら)別所、覚鑁系の徒によって相続された中(なか)別所、明遍による東(ひがし)別所に対して新(しん)別所(真別処)ともよばれた。
別所とは、念仏聖の集まっているところをいう。
空海の十大弟子の一人智泉大徳の開基と伝え、智泉没後荒廃していたのを奈良東大寺再建の大勧進職をつとめた俊乗房重源が再興、専修念仏の道場としたという。
その後衰退したが、江戸時代 慶長17年(1612年)、2代将軍徳川秀忠に仕えていた山口修理亮入道重政(剃髪して「深慶」と呼ばれた)は、玄俊とともに重源の跡を慕って再興を図った。
元和5年(1619年)に再興なって、賢俊房良永を中興として招請した。
以後、真政房円忍・恵深房妙瑞・密門房本初・密乗房龍海など戒律堅固の住持に受継がれて今日に至っている。
江戸時代には末寺は大和国六院、和泉国・下総国各一院、摂津国二院、伊予国七院があった(続風土記)。
近代に入り、長く大会(だいえ)堂(蓮花乗院)が寺務を兼帯していたが、近年金剛峯(こんごうぶ)寺に移管され、同寺座主が住職を兼ねる。
現在、事相講伝所が開設され、修行専門の道場となっている。
国指定重要文化財の紙本著色十巻抄・紙本白描不動明王二童子毘沙門天図像がある。
南海高野線高野山駅からバスで、苅萱堂前下車。



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