般若寺

法性山(ほっしょうざん)般若寺は、奈良市にある真言律宗の寺院である。
推古天皇33年(625)に高句麗僧の慧灌(えかん)が創建したと伝えられ、
天平7年(735)聖武天皇が平城京の鬼門を守るため、「大般若経」を基壇に納め卒塔婆を立てのが、寺名の起こりとされる。
寛平7年(895)観賢僧正が中興し、学問寺として千人の学僧を集めて栄えたが、治承4年(1180)平家の南都攻めに遭い、伽藍は消失した。
鎌倉時代に入り、東大寺の僧侶観良房良恵らが石造十三重塔(国重要文化財)を造立し、西大寺叡尊は本堂を再建して丈六の文殊菩薩像を本尊として安置した。
現本尊の八字文殊菩薩騎獅像は、正中元年(1324)後醍醐天皇の御願成就の為、文観上人が発願し、康俊(こうしゅん)、康成(こうせい)の仏師により作られたものである。
般若寺と南朝は結びつきが強く、大塔宮護良親王が、唐櫃に身を隠して北条方の難を逃れた話は、太平記巻第5「大塔宮熊野落事」に記され、戦前の教科書にも取り上げられた。
楼門は鎌倉時代の作で国宝に指定されている。
春と秋には、宝蔵堂で秘仏阿弥陀如来が公開される。
境内の笠塔婆二基は、それぞれ446cm、476cmの高さで、笠塔婆形式の石塔では日本最古の作例である。
弘長元年(1261)宋の石工 伊行吉(いぎょうきち)が、亡き父の追善供養と、母の無病息災を願って建立した。
能の謡曲「笠卒塔婆」は本塔を題材にした平重衡の修羅もので、室町時代には重衡の墓と見られていた。
春はヤマブキ、夏はアジサイ、秋はコスモスが見られる。
約50年前からコスモスが境内に広がり、今では20種類15万本以上の花園となって、「コスモス寺」とも呼ばれている。
JR及び近鉄奈良駅からバスで般若寺前下車、徒歩5分。参拝者用の駐車場がある。


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