高貴寺 

神下山高貴寺は、大阪府河南町にある高野山真言宗の寺院である。
文武天皇の時代に、修験道の祖である役行者が、葛城山中に28個所の修験霊場を開いた際に、当寺は第25品(ほん)の観音経普門品に配当された。
仏に供養する香華(こうげ)が四季絶えなかったので、香華寺と名付けられた。
平安時代に、嵯峨天皇の勅命で弘法大師空海が堂塔を建立し、高貴徳王菩薩を安置して、寺名を高貴寺と改めた。
南北朝時代には、当寺は南朝に属し、寺の西方の楠木方の支城平石城の戦いで、当寺の伽藍も焼失し衰微した。
安永5年(1776年)、慈雲尊者が大和郡山藩主柳沢保光の支援で復興し、真言宗と梵字修行の道場とし、さらに戒壇を設けて正法律の本山とした。また、神道の一派も形成し、雲伝神道あるいは葛城神道と称した。
神仏習合の続いた江戸時代末期まで、隣接する磐船神社は、高貴寺の鎮守社となっていた。
境内には、五大明王を祀る金堂、慈雲尊者を祀る開山堂、弁財天を祀る講堂、御影堂、奥ノ院、十三重石塔などがある。
近鉄長野線富田林駅からバスで平石下車、徒歩10分。



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