高山寺

高山寺は、和歌山県田辺市稲成町にある真言宗御室派の寺院である。
本尊は、阿弥陀如来像である。
寺の起源は、聖徳太子の草創とも弘法大師がこの地にとどまったことによるとも伝えている。
文化3年(1816年)の田辺領寺書上帳によると、元来、勧修寺(かんしゅうじ)と称し、その後、願成寺(がんじょうじ)、勧修寺、興算寺と改称し、天明7年(1787年)に高山寺となった。
多宝塔は、文化13年(1816年)建立で、塔内には鎌倉時代後期の木造聖徳太子孝養立像が安置されている。
円山応挙の高弟長沢芦雪が、天明2年(1782年)南紀来訪の時に当寺に滞在した記録があり、紙本水墨寒山拾得図、紙本水墨柳、烏図が所蔵されている。
境内には、国史跡の高山寺貝塚があり、墓地には、植物学者南方熊楠、合気道創始者植芝盛平の墓がある。
南方熊楠(1867-1941)は、旧制和歌山中学校時代の親友であった 田辺市の医師 喜多幅武三郎(1868-1941)の紹介で、闘鶏神社の宮司の娘 田村松江と結婚した。
喜多幅が高山寺の檀家だった縁で、高山寺に埋葬された。
JR紀勢本線紀伊田辺駅下車、徒歩15分。門前北側に参拝者用の駐車場がある。


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