熊谷直実、平敦盛供養塔

熊谷直実平敦盛供養塔は、和歌山県高野山奥の院にある。
この供養塔は、源氏の武士熊谷次郎直実が、蓮生と名前を改め、高野山に在住して一の谷の戦いで自分が手にかけた平敦盛をいとおしく思ってその霊を弔うために建てたといわれている。

平家物語巻第九「敦盛最後」では、次のように描かれている。
熊谷次郎直実は、海岸に向かって馬を進めていたところ、平敦盛が船に逃れようとしているところに遭遇し、取り押さえてみると16,7歳の青年で、自分の子の小次郎と同じくらいであった。
そのため助けてやりたいと思ったが、源氏方の武士も五〇騎ほどが迫っていたため、他のものの手にかかるより直実が手にかけて、後の供養をしようと言って敦盛の首を取った。
その際に錦の袋に入った小枝(さえだ)の笛が腰に差されていたという。

文楽及び歌舞伎の「熊谷陣屋」の段では、平敦盛を助けるために、熊谷直実が、自分の子供小次郎の首を差し出す場面が描かれている。
また、明治時代の小学校唱歌「青葉の笛」では、後鳥羽上皇から賜った「小枝」の笛が歌われ、熊谷直実の父性愛と敦盛の風流の心が描かれた物語が後世の人々に伝えられている。


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