野田城址

野田城址は、堺市南野田町にある。
南野田すかしゆり公園に「南朝野田氏三代の居城 史蹟 野田城址」の石碑が建てられている。
野田城は、正中3年(1326年)に野田荘の地頭をしていた野田四郎正勝が、穂出籬山(ほでがきやま)の高台に築いた城である。
楠木軍の掃討にあった野田氏は、それ以降南朝の後醍醐天皇を奉り、楠木氏に忠誠を尽くした。
野田四郎正勝は、湊川の合戦で戦死し、その子四郎正氏は四条畷の合戦で楠木正行とともに戦死した。
正平15年(1360年)に三代目の兵部正康は、足利の大軍に包囲されたため、野田城に火を放って城外で戦い、凄惨な戦場となって野田村は壊滅状態となった。
犠牲者を弔うために建てられた「大悲庵(大悲寺)」が南野田にある。
南海高野線北野田駅下車、徒歩5分。



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