信貴山 朝護孫子寺  

信貴山は、奈良県平群町にある信貴山真言宗の総本山である。
正式名は信貴山歓喜院(かんきいん)朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)であるが、
一般には、信貴山、「信貴山の毘沙門さん」の名で親しまれている。
創建は未詳であるが、寺伝によると、用明天皇2年(587)聖徳太子が物部守屋討伐のために河内稲村城に向かう途中、
当山上で毘沙門天を感得して勝利を祈願した。その時は奇しくも、寅年、寅日、寅の刻であった。
戦いの後、太子は毘沙門天像を安置し、信ずべき貴ぶべき山、すなわち信貴山と称したのが寺の起源と言われる。
その後一時荒廃したが、延喜年間(901-923)に命蓮(みょうれん)が再建し、中興となった。
「今昔物語集」などによれば、命蓮が醍醐天皇の病気を祈願し平癒したため、
「朝廟安穏、守護国土、子孫長久」の願文に由来する朝護孫子寺を賜ったという。
楠木正成はこの寺に祈願して生まれ、本尊の毘沙門天の別名である多聞天から、多聞丸と名付けられた。
また、元弘の変(1371年)では、大塔宮護良親王はこの山に陣を張った。
中世以降、興福寺末寺となり、江戸時代以降金剛峯寺末寺となったが、昭和26年(1951)信貴山真言宗として独立した。
寺宝として、国宝の信貴山縁起絵巻、楠木正成奉納の武具、菊水の旌旗などがある。
絵巻は、3巻からなり、「飛倉の巻」には命蓮が法力で山崎長者の米倉を信貴山まで飛ばす逸話、
「延喜加持の巻」には、命蓮が剣の護法童子を宮中に遣わして醍醐天皇の病を治す逸話、
「尼公の巻」には、尼公が東大寺大仏の啓示により、弟の命蓮と再会する逸話が描かれている。
正月初寅の日に初寅大法要、7月3日に毘沙門天王御出現大祭が行われる。
近鉄生駒線信貴山下駅からバスで信貴山下車、徒歩5分。参拝者用の有料駐車場がある。


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