慈手観世音菩薩 腕塚 大石順教尼之墓

慈手観世音菩薩、腕塚、大石順教尼之墓は、和歌山県高野山の奥之院にある。
慈手観世音菩薩像は、大石順教尼の発願で建てられたものである。
同尼が、両腕を失って81歳の天寿を全うできたのは、有縁の人々から慈悲の手をさしのべていただいたお陰であると同尼が合掌をしている姿である。
大石順教尼没後50年記念冊子に、腕塚の由来が記されている。
同尼の兄が死去した際に、兄嫁から、アルコール漬けの瓶に入った腕を本家の墓から引き取ってもらいたいと言われたという。
高野山に行った際に、当時の管長和田性海猊下に相談したところ、猊下から次のように言われた。
「それは面白い話やな、そのアルコール漬けの手を掘り出して、この高野山の奥の院に腕塚を建てようやないか、高野山にはいろいろな塚があるけど、腕塚というのは一つもない。
多くの手の無い人が悩んでいるだろう。そんな人たちが高野山へ上られたら、弘法大師の心の手を貰われる事がよかろうじゃないか、それは面白いはなしや、早々に腕塚を作ろう」
石碑の文字は、同尼の叔父と親交のあった徳富蘇峰氏が書いたものである。
南海電鉄高野山駅からバスで奥の院前下車、徒歩5分。


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