蘆屋道満塚宝篋印塔

蘆屋道満塚宝篋印塔は、兵庫県佐用町大木谷乙にある。

当地の案内板には、次のように記されている。
   道満宝篋印塔(どうまんほうきょういんとう)
 南北にわずか数百メートルを隔てて並び立つ道満塚と晴明塚。古人の崇敬の思いが伝わってくる。
 屋道満は平安時代陰陽道の大家として安倍晴明と並び称され勢力を二分し、拮抗していたといわれるが、時の権力者・藤原道長を呪詛した咎がによって、この地に流されたと伝えられる。
安倍晴明との勢力争いで敗れたことを物語るものであろうか。
 道満、晴明とも当時とのかかわりについて歴史的確証はないが、陰陽道家の伝承を持つこの塔は当時の信仰形態をうかがわせるものである。
 なお、この宝篋印塔は寛政九年の造立銘をもち、時代の特徴をよく表し、郡内では大型に属する。

蘆屋道満(生没年不詳)は、平安時代中期の法師陰陽師で、道魔ともいう。安倍晴明と術くらべをする人物として登場することが多い。
宇治拾遺物語などでは、道魔法師が藤原顕光の命で藤原道長に妖術をしかけるが、道長の犬と晴明に見破られ、本国播磨国に追放されたと伝える。
蘆屋道満の生国は、簠簋抄(ほきしょう)に薩摩国とする以外は、すべて播磨国とし、「峯相記」は同国佐用郡の奥に住んだとしている。
日本の各地に蘆屋塚、道満塚、道満井戸などが作られている。

蘆屋道満は、浄瑠璃や歌舞伎でも登場している。
「葛の葉」の名で知られる「蘆屋道満大内鑑(おおうちかがみ)」(竹田出雲作、1734年初演)では、はじめ道満(みちたる)として、安倍保名のライバルとして登場するが、三段目で発心剃髪して道満(どうまん)と称し、陰陽道に専心する。
四段目では、狐葛の葉と保名との間に生まれた童子と問答をし、その聡明さに感心して、童子を晴明と名づける人物として描かれている。
(世界大百科事典 参照)

中国道佐用インターチェンジから車で15分。宝篋印塔の200m手前には、来訪者用の駐車スペースがある。




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