烏帽子形八幡神社

烏帽子形八幡神社は、大阪府河内長野市にある神社である。
祭神は、素戔嗚命、足仲彦命、神功皇后、応神天皇で、周辺の上田、喜多、小塩、楠ケ丘、大師町五地区の氏神として崇敬されている。
神社の創建については詳らかでないが、昔、烏帽子形山に楠氏の一支城があり、楠木小二郎が拠っていたが、その城の鎮護として創建、祭祀されたと言われている。
昭和40年〜41年の解体修理の時に、本殿(重要文化財)は、棟札及び棟束の墨書により、文明12年(1480年)に河内源氏の末裔 石川八郎左衛門尉が創建したことが確認された。
慶長17年(1612年)楠木正儀(まさのり)の子孫 甲斐庄喜右衛門正房(まさふさ)が、大坂の陣の功で二千石を与えられて当地に封じられた。
正房の子 旗本甲斐庄喜右衛門正保は、元和3年(1617年)四天王寺の塔の普請奉行を勤めたが、居城の鎮守であるこの社殿が荒廃しているのを嘆いて、塔普請の余材で修造し、元和8年(1622年)8月上棟したという。
山の形が烏帽子に似ていることからこの名が付いたと言われる烏帽子形山の山頂には、烏帽子形城跡がある。
烏帽子形城跡は「楠木七城」の一つと伝えられ、山城特有の土塁や空濠が残されている。
山頂から北方に伸びる尾根の先端には、烏帽子形古墳があり、6世紀の横穴式石室を持つ直径20m、高さ3mの円墳である。
境内には、本尊に釈迦と聖観音を祀っていた天台宗の正保寺と徳壽院高福寺と称する宮寺があったが、明治時代の神仏分離令により廃寺となっている。
後村上天皇の行宮跡といわれる奈良県賀名生の堀氏宅にある「高福寺鐘」は、楠木正成がこの神社の宮寺のものを持って行ったと伝えられている。
南海高野線三日市町駅下車、徒歩17分。



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