御霊神社は、奈良県五條市霊安寺町にある神社である。
御霊本宮、四所御霊大明神、宇智郡大宮、御霊さんとも呼ばれている。
祭神は、井上(いのえ)内親王で、南脇社殿に他戸(おさべ)親王、北脇社殿に早良(さわら)親王、別宮に火雷(ほのいかづち)神が祀られている。
神社の縁起によると、井上内親王(717-775)は聖武天皇の皇女として生まれ、11歳で斎王に選ばれ伊勢神宮に出仕した。
その後、都に戻り、白壁王と結婚、他戸親王が生まれ、白壁王が光仁天皇に即位して、皇后となった。
当時、政権を握る藤原百川朝臣は、山部親王を擁立し、逼迫した財政を立て直すため、宝亀3年(773年)巫蠱(ふこ)の罪で井上皇后、他戸皇太子を失脚させた。
宝亀4年(774年)に井上内親王母子を厭魅(えんみ)の罪により、大和国宇智郡没官の宅に流罪、幽閉した。配流の途次に火雷神が誕生した。
宝亀6年(775年)4月25日に、井上内親王(59歳)、他戸親王(15歳)母子が暗殺された。
その後、都に天災が相次ぎ、悪疫が流行したため、朝廷は内親王母子の霊魂の祟りと恐れ、御霊会が営まれた。
延暦19年(800年)葛井王(ふじいおう)が下向し、内親王を皇后に復して、霊安寺を建立した。
御霊神社の創建は不詳であるが、霊安寺建立とともに創祀されたと伝えられる。
その後、四条天皇の時代に宮分けが始まり、400年余りの間に20余社の御霊神社が宇智郡に分祀された。
本殿は、三間社流造、寛永14年(1637年)造営で、奈良県の指定文化財となっている。
また大般若経530巻(満願寺所蔵)は、天永3年(1112年)の奥書があり、国の重要文化財に指定されている。
例祭は、10月22日、23日で、今は10月第4日曜日とその前日に催行される。平成29年(2017年)は御祭神生誕1,300年祭が行われる。
太々神楽祭は、隔年4月第4日曜に行われ、本社伝来の御神楽を奉納し、伝統の「大餅まき」(3石5斗)が行われる。
JR和歌山線五条駅からバスで霊安寺下車、徒歩3分。