![]()
行基大菩薩供養塔は、和歌山県高野山奥の院20町石東にある。
紀伊国名所図会には、次のように記されている。
〇行基菩薩碑 右にあり
年ふれど横にもならで居(すわ)りたるぎやうぎ菩薩の堅き碑(いしぶみ) 捨栗山人
当地の石塔4基は、何れも三昧聖中が建立したもので、後方にある笠付石塔には、「弘法大師御忌供養塔」と記されている。
行基(668-749)は、奈良時代の法相宗の僧である。
百済系の渡来人で、天智天皇7年(668年)に父高志才智(たかしさいち)と母蜂田古爾比売(はちたのこにひめ)の子として生まれた。
15歳の時に出家して飛鳥寺に入り、慶雲元年(704年)父の菩提を弔うため、生家を寺として家原寺を起こした。
行基はその後諸国を行脚し、生涯に79の寺院を建立し、82歳で大和菅原寺東南院で没した。

TOP PAGE 観光カレンダー
TOP PAGE 观光最佳时期