夕陽山 本福寺

夕陽山 本福寺は、滋賀県大津市にある浄土真宗本願寺派(西本願寺)の寺院である。
本尊は、阿弥陀如来である。

正和年間(1312-17)善道の開創と伝えられている。善道は、もと野洲郡三上(御上)神社の神職であったが、堅田に移住し本願寺覚如の弟子となったという。
二世 覚念は臨済禅に転宗したが、三世 法住は本願寺蓮如に深く帰依した。
寛政6年(1465)比叡山衆徒が本願寺を攻撃した時、近江に避難した蓮如上人が本福寺に身を寄せ、真宗再興の本拠とした。
この時、法住のもとに結集して蓮如を支えたのが堅田の本福寺門徒で、「地下(じげ)九門徒」と表現される新興の商工業者で全人衆(まろうどしゅう)と呼ばれた。

江戸時代の本願寺の東西分裂に際しては、西本願寺の末寺となった。
のちに本福寺十一世となった当寺中興の祖 明式(みょうしき)は、貞享2年(1685)に松尾芭蕉の門下に入り、俳号を千那と号した。そのため当寺は「千那寺」とも呼ばれる。

松尾芭蕉は、元禄3年(1690)9月に大津の義仲寺から堅田に赴き、当地で風邪をひいて、「病鴈(びょうがん)の夜寒に落ちて旅寝かな」の句を詠んでいる。
近江八景の堅田の落雁を念頭に置いたものと言われ、本堂裏には句碑が建立されている。
明式の跡を継いだ明因(みょういん)も、俳号を角上(かくじょう)と号し、つぎの明観(みょうかん)も角三として俳諧を受け継ぎ、堅田において蕉風俳諧が興隆した。




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