日向高鍋藩秋月家供養塔

日向高鍋藩秋月家供養塔は、和歌山県高野山奥の院21町石北東にある。
正面鳥居上の扁額には「天澤院」と掲げられ、墓所内には、大型五輪塔3基と方柱墓標1基がある。
玉垣内には、秋月種信夫妻の供養塔が建立されている。
向かって左(北東)の供養塔は、高鍋藩3代藩主 秋月種信(天澤院)(1632-1699)供養塔である。
向かって右の供養塔は、秋月種信妻の長徳院の供養塔である。
玉垣外には、高鍋藩2代藩主種春(大洋院)の五輪塔と、種信公息女(智休院)の方柱墓標がある。
高鍋藩は、秋月種長が、天正15年(1587)福岡県秋月から財部(たからべ)(宮崎県高鍋町)に移され、藩祖となった。
関ヶ原の戦いでは、当初は西軍にいたが、後に東軍に与して徳川家康から領地を安堵された。
秋月種春(1610-1659)は、藩祖種長の孫で、種長の婿養子となった父種貞が病弱のため、慶長19年5歳で祖父の跡をつぎ、2代目藩主となった。
秋月種信は、種春の長男で、万治2年に父の跡を継いで3代目藩主となり、財部を高鍋と改称した。 



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