飯盛山は、大阪府大東市と四條畷市の市境の生駒山地北部にある。
標高は318メートル。この一帯は南北朝の頃、楠木正行らの四條畷の合戦で知られる。
山麓を東高野街道が通り、さらにその西方に沼沢地が広がという戦略上重要な位置にあったため、
応仁の乱時から戦国時代末期にかけて、この地を巡る攻防が繰り広げられた。
16世紀初頭には飯盛城が築かれ、永禄3年(1560)から8年間は、この地が畿内統治の拠点となった。
山頂には、飯盛城跡の石碑、楠木正行像、田伐(たぎり)兼松像があり、展望台から大阪平野を広く望める。
楠木正行像は、1937年に建立され、台座正面には「忠孝両全」と刻されている。
第二次世界大戦中に、銅像部分は供出されたため、昭和47年に田伐兼松の尽力で銅像が再建された。
JR片町線野崎駅下車、徒歩約2時間。