出雲松江藩 松平家供養塔

出雲松江藩 松平家供養塔は、和歌山県高野山奥の院32町石北東にある。
鳥居上の扁額には、高眞院と刻されている。
北側に無縫塔(圓塔)、南側に五輪塔が建立されている。

無縫塔(圓塔)には、次のように刻されている。
寛文六年丙午春二月三日
 高眞院殿出雲羽林歡譽一空道喜源君之墓
                   孝子綱隆立

五輪塔地輪には、次のように刻されている。
慶安元戊子年十一月廿七日
月照院殿浄譽豪光大信女
出雲侍従兼出羽守源姓松平氏直政
爲 先妣立焉

高眞院は、出雲国松江藩主 松平直政(1601-1666)である。結城秀康の三男で徳川家康の孫にあたる。
母は、秀康の側室 駒(三谷氏、のち月照院)である。
大坂冬の陣に14歳で初陣を飾った。
元和2年(1616)兄の松平忠直から越前木本(このもと)に1万石を与えられ、その後、上総姉崎、越前大野、信濃松本を経て、寛永15年(1638)出雲松江藩松平家初代藩主となった。
寛文6年(1666)江戸藩邸にて66歳で病死し、家督は、長男の綱隆が継いだ。



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