喜光寺は、奈良市菅原町にある。
当寺は養老5年(721)天平の僧 行基菩薩によって創建された。当地は平城京の右京三条三坊にあたり、通称菅原の里といわれ、寺名も菅原寺と呼ばれていた。
行基菩薩は東大寺造営に当たり、この寺の本堂を参考にしたことから、本堂は「大仏殿の試みの堂」としても知られている。
天平20年(748)、聖武天皇は菅原寺に行幸したおり、本尊から不思議な光明を感得し、そのことを喜んで、「喜光寺」の寺額を与えたという。以降菅原寺を喜光寺と改名したといわれている。
天平21年(749)2月2日当寺の東南院で行基菩薩は入寂(82歳)した。
遺命により、生駒山の東陵で火葬され、竹林寺(生駒市)に埋葬された。→ 国史跡 行基墓(ぎょうきのはか)
本堂(金堂)は室町時代初期(1400年頃)に再建されたもので、国の重要文化財に指定されている。
本尊(重要文化財)は平安時代後期の造像で、丈六の阿弥陀如来坐像である。
昭和44年(1969)発掘調査が行われ、本堂基壇と南大門跡が検出され、奈良時代後期の軒瓦などが発見された。
現在は法相宗に所属し、薬師寺の別格本山となっている。毎年3月2日には大祭が行われる。
近鉄橿原線尼ケ辻駅下車、徒歩15分。
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