高野山町石資料

慈尊院から
根本大塔まで
町石 時代 和暦 西暦 造立者 目的
180 鎌倉 文永9年 1272 関白九条道家の子供の勝信 師匠の聖基のため
179 鎌倉 文永6年 1269 六波羅探題の北条時茂
178 鎌倉 文永6年 1369 高野山金剛院の明澄
177 鎌倉 高野山金剛三昧院の慶賀
176 鎌倉 左衛門尉藤原道広など10名
175 鎌倉 比丘尼成阿 貞伝の3回忌
174 鎌倉 法印権大僧都真依
173 鎌倉 宇都宮資信 実崇のため
172 鎌倉 高野山安養院の頼賢
171 鎌倉 蓮阿弥陀仏など3名
170 鎌倉 左衛門尉大江為氏と沙弥西願 亡き父母のため
169 鎌倉 坂上宗澄など9名
168 鎌倉 比丘尼正智
167 鎌倉 文永7年 1270 阿闍梨能瑛 一切衆生のため
166 鎌倉 法如など5名の女性と円仏など2名の男性
165 鎌倉 高野山検校の興実と晴観
164 鎌倉 肥田清口左衛門入道増善 父母と祖父母のため
163 鎌倉 文永8年 1271 弁海 高野山検校真弁と父母のため
162 鎌倉 十方檀那
161 鎌倉 文永3年 1266 良印のため
160 鎌倉 範勇 師匠の龍遍のため
159 鎌倉 文永9年 1272 安達泰盛 二月騒動犠牲者
158 鎌倉 文永9年 1272 安達泰盛 二月騒動犠牲者
157 鎌倉 生蓮など8名 父母兄弟妻子のため 五輪塔後補
156 大正 大正2年 1913 鶴田など3名(福田海)
155 鎌倉 道窓 噛合せ五輪塔
154 大正 大正2年 1913 広島(福田海) 鎌倉時代の残欠あり
沙弥行口と銘文あり
153 鎌倉 富永資道
152 鎌倉 丹治宗泰
151 鎌倉 了空(鎌倉二品禅尼)
150 大正 大正2年 1913 伊與田など2名(福田海) 鎌倉時代の残欠あり
三善爲忠と銘文あり
149 大正 大正2年 1913 福井など2名(福田海) 鎌倉時代の残欠あり
復元する。沙弥定円と銘文あり。
148 鎌倉 文永9年 1272 少将藤原俊盛
147 鎌倉 中納言久我道嗣の子供の道賢 噛合せ五輪塔
146 鎌倉 文永10年 1273 法印房宣 摂政九条道家の子供の円実のため
145 鎌倉 応阿と秋葉平六入道2名 五輪塔後補
144 鎌倉 順円などの5名 一切衆生のため 五輪塔後補
143 鎌倉 行覚 噛合せ五輪塔
142 大正 大正2年 1913 大江(福田海) 鎌倉時代の残欠あり
当山三宝院良珍などの銘文あり
141 鎌倉 文永8年 1271 和泉守工藤祐能のため 五輪塔後補
140 大正 大正2年 1913 中西(福田海)
139 鎌倉 文永8年 1271 平頼康
138 大正 大正2年 1913 古川(福田海) 鎌倉時代の残欠あり
左衛門の銘文あり
137 大正 大正2年 1913 山下(福田海)
136 鎌倉 文永6年 1269 宝道
135 鎌倉 文永8年 1271 寒河三郎左衛門尉秀村
134 鎌倉 文永4年 1267 真行(松下禅尼) 母のため
133 鎌倉 文永4年 1267 真行(松下禅尼) 檜皮姫のため
132 鎌倉 文永7年 1270 引付衆の北条盛房 五輪塔後補
131 大正 大正2年 1913 打田など2名(福田海)
130 鎌倉 文永9年 1272 平頼綱
129 鎌倉 平頼綱
128 鎌倉 行仏など3名 噛合せ五輪塔
127 鎌倉 藤原景俊と三善康有の2名
126 鎌倉 池田忠能など2名
125 鎌倉 十方施主
124 鎌倉 大中臣清義
123 鎌倉 十方檀那
122 鎌倉 十方施主
121 鎌倉 十方施主
120 鎌倉 文永7年 1270 権大納言藤原資季 父母のため
119 鎌倉 信応など12名
118 大正 大正2年 1913 小西(福田海) 執権北条経時の子供の頼助が父のため 鎌倉時代の残欠あり、「平経時、印権大僧都頼助四月一日」の銘文あり
117 大正 大正2年 1913 (福田海) 鎌倉時代の残欠あり。入道善と銘文あり
116 鎌倉 文永11年 1274 比丘尼貢観 中務権少輔藤原重教のため 噛合せ五輪塔
115 鎌倉 文永11年 1274 沙弥寂妙 主君と父母のため
114 鎌倉 文永9年 1272 法印祐賢 師匠の隆賢のため 噛合せ五輪塔
113 鎌倉 法印祐賢 父のため
112 鎌倉 法印祐賢 母のため
111 鎌倉 文永9年 1272 河越経重
110 鎌倉 右衛門尉泰宣など4名
109 鎌倉 文永5年 1268 連署の北条義政 噛合せ五輪塔
108 鎌倉 侍従藤原為顕の子供の空恵
107 鎌倉 文永9年 1272 従三位藤原盛季の子供の聖勝 母のため
106 鎌倉 文永10年 1273 比丘尼慈観と沙弥明智 比丘尼定智の百か日
105 鎌倉 文永11年 1274 沙弥定智 亡き母の三回忌
104 鎌倉 文永9年 1272 加藤景経 五輪塔後補
103 鎌倉 比丘尼の佛念と佛阿 10人の故人のため 噛合せ五輪塔
102 鎌倉 沙弥某 噛合せ五輪塔
101 鎌倉 文永5年 1268 比丘尼慈阿 噛合せ五輪塔
100 鎌倉 高階経常
99 鎌倉 伯耆守藤原基貞の妻の覚如 入道惟方と春宮大信仲房のため 噛合せ五輪塔
98 鎌倉 比丘尼聖妙 五輪塔後補
97 鎌倉 少弐景頼 五輪塔後補
96 鎌倉 遠州の高薗惟氏など3名 噛合せ五輪塔
95 鎌倉 文永9年 1272 伊豆国の肥田新左衛門入道引仏 噛合せ五輪塔
94 鎌倉 山田左衛門入道西仙 父母と比丘尼信阿のため 噛合せ五輪塔
93 鎌倉 文永5年 1268 二階堂行清 噛合せ五輪塔
92 鎌倉 名越篤時 父名越時章のため 噛合せ五輪塔
91 鎌倉 島津久清 噛合せ五輪塔
90 鎌倉 評定衆の北条時広 噛合せ五輪塔
89 鎌倉 文永8年 1271 比丘尼唯妙
88 鎌倉 設楽右衛門四郎實久
87 鎌倉 佐々木行綱など3名 三悪道からのがれて安楽国に生まれるため 噛合せ五輪塔
86 鎌倉 文永8年 1271 少納言藤原知継 噛合せ五輪塔
85 鎌倉 二階堂行有
84 鎌倉 比丘尼浄阿 噛合せ五輪塔
83 鎌倉 沙弥行仁 五輪塔後補
82 鎌倉 小山時長 噛合せ五輪塔
81 鎌倉 安達顕盛
80 鎌倉 榎本光義 噛合せ五輪塔
79 鎌倉 少弐景頼
78 鎌倉 沙弥宗祐
77 鎌倉 文永5年 1268 足利家時
76 鎌倉 名越時基
75 鎌倉 大江時秀
74 鎌倉 文永5年 1268 大江時秀
73 鎌倉 比丘尼妙然など3名 五輪塔後補
72 大正 大正2年 1913 合田(福田海) 左側面に文永7年と鎌倉時代の銘文を記す
71 鎌倉 比丘尼蓮阿 少弐景頼のため
70 大正 大正2年 1913 前谷(福田海)
69 鎌倉 沙弥蓮定 噛合せ五輪塔
68 鎌倉 藤原氏の女
67 鎌倉 比丘尼浄勝 噛合せ五輪塔
66 鎌倉 比丘尼如生
65 鎌倉 藤原清泰
64 鎌倉 権納言二条為氏
63 大正 大正2年 1913 藤田(福田海) 鎌倉時代の残欠あり
62 鎌倉 文永5年 1268 連署の北条業時
61 鎌倉 沙弥慈仁 比丘尼我真とすべての人々のために
60 鎌倉 文永7年 1270 阿闍梨寛口
59 鎌倉
58 鎌倉
57 鎌倉
56 鎌倉
55 鎌倉
54 鎌倉
53 鎌倉
52 鎌倉
51 鎌倉
50 鎌倉
49 鎌倉
48 鎌倉
47 鎌倉
46 鎌倉
45
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10
9
8 鎌倉 文永5年 1268 了空(鎌倉二品禅尼) 五輪塔後補
7 鎌倉 法橋長禪などの10名 五輪塔後補
6 江戸 安永2年 1773 総法務一品親王
(深仁入道親王)
鎌倉時代の残欠あり
5 大正 大正2年 1913 伊藤(福田海) 鎌倉時代の残欠あり
相模守 平朝臣政村の刻文
4 江戸 安永6年 1777 後藤邦久と
荊婦喜代の2名
鎌倉時代の造立者は北条政村
3 江戸 安永7年 1778 桂香院 鎌倉時代の造立者は西園寺実氏の子供の道勝
2 江戸 安永2年 1773 新女院
恭礼文院藤原富子
鎌倉時代の造立者は北条時宗
1 江戸 安永2年 1773 女院大后
青綺門院藤原舎子
鎌倉時代の造立者は北条時宗
壇上伽藍(西塔)から
奥の院御廟まで
町石
1 大正 大正2年 1913 大江(福田海)
2 江戸 安永2年 1773 仙洞院御所
(御桜町上皇)
鎌倉時代の造立者の「太上天皇」
後嵯峨上皇
3 江戸 安永2年 1773 仙洞院御所
(御桜町上皇)
鎌倉時代の造立者の「太上天皇」
後嵯峨上皇
4 大正 大正2年 1913 福田海 鎌倉時代の造立者の「太上天皇」
後嵯峨上皇
5 江戸 明和8年 1771 津田正躬
6
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