美濃加納城主 松平忠政供養塔

美濃加納城主 松平忠政(奥平忠政)供養塔は、和歌山県高野山奥の院31町石北東にある。
墓所には高さ約4.2mの大型五輪塔1基があり、地輪には次のように刻されている。
本國参刕設楽郡作手住人今者濃刕
加納之城主松平攝津守源朝臣忠政
     奉爲光國院殿前攝刕
(梵字)太守雄山英公大居士
     第三回忌成等正覺也
大施主孝子松平御千松殿造立□
旹元和二年丙辰七月二日 敬白

松平忠政(1580-1614)は、加納藩初代藩主 奥平信昌(のぶまさ)の三男である。母は徳川家康の長女 亀姫である。
三河国(参河国)設楽郡に地盤を持つ菅沼定利の養子となり、菅沼忠政を名乗ったが、定利の死去により養子縁組を解消し、慶長7年(1602)松平姓を与えられ、美濃加納藩主第二代となった。
慶長19年(1614)2月2日に35歳で死去した。
当地の五輪塔は、三回忌の元和2年(1616)に、長男忠隆が建立したものである。



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