史跡明算上人誕生地

史跡明算上人誕生地は、和歌山県紀の川市竹房にある。
明算上人は、平安時代中期の治安元年(1021)、田中荘神崎村(現在の竹房)に生まれ、
十一歳で高野山に修学し、52歳で高野山法流の主流である中院流を開いた。
承保2年(1075)、故郷の生家に龍蔵院を建立し、一ノ宮八幡(現在、東田中神社に移築合祀)を鎮守として祀った。
寛治4年(1090)に69歳で高野山の検校執行職に就くとともに、大塔、奥院拝殿などを建立し、高野山復興の祖といわれる。
龍蔵院の東約20mに明算上人産湯とされる井戸がある。
平成18年(2006)明算上人900回忌を期して、顕彰碑が建立された。

西行法師生誕の地石碑

西行法師生誕の地石碑は、和歌山県紀の川市竹房の龍蔵院にある。
西行(俗名 佐藤義清)の一族佐藤氏は、代々京都に出仕した家柄である。
今でも龍蔵院付近が、「佐藤城址」と呼ばれることから、田中荘を治めた佐藤氏の根拠地であった。
JR和歌山線打田駅からバスで西行法師像前下車、徒歩10分。


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