三上山

三上山は、滋賀県野洲市にある。
古生層の岩石からなる円錐形の孤立丘(標高432m)で、琵琶湖陥没時の残丘と考えられている。
湖東平野にある美しい山容から「近江富士(おうみふじ)」の名で親しまれ、歌枕としても詠まれてきた。
また藤原秀郷(俵籐太)の百足退治の伝説からムカデ山とも呼ばれる。

表登山道と裏登山道があり、表登山道からは琵琶湖と湖西の山々の景観が楽しめる。
また肥満度確認可能な割石があり、「通るにはWaist Weight103の壁がある。」と記されている。

山頂は雄山(男山)と雌山(女山)とに分かれ、古くから信仰の対象となった神体山で、山頂部に巨大な磐座(いわくら)がある。
「延喜式」所収の御上(みかみ)神社もかつては山頂にあったが、奈良時代に山麓の現在地に遷された。
御上神社の祭神 天之御影神が孝霊天皇六年(296)に三上山に降臨したとの社伝にちなみ、旧暦6月に山上祭(竜王祭)、影向祭(えこうさい)が行われる。
早朝から神職、氏子等が登頂して奥宮で神迎えの山上祭を斎行、下山して本宮で再び祭神奉迎の影向祭が行われる。竜王祭とも称され、神体山信仰の姿を表すとともに、水に対する信仰を示している。

三上山伝説 俵藤太の百足退治
 
 藤原鎌足の子孫にあたる田原籐太秀郷(俵籐太)は、平安時代中期に活躍した関東の武将で、弓矢の名手で猛将 平将門を討った勇士として知られる。
その昔 籐太が瀬田の唐橋を渡ろうとすると 橋上に大蛇が横たわっていたが悠々とその大蛇をふんで通ったので、橋の下に住む竜神がこれを見て、
「我は竜宮に住む竜神であるが、三上山を七巻半まいている百足に悩まされているから助けてくれ」と懇願したので籐太は承知して、
天孫降臨三十二神の内の武神である三上神社に祈願して弓の秘訣を授かって、瀬田の橋から弓を放って一矢、二矢は射損じたが三矢は矢尻に唾を吐きかけ、祈りを込め眉間を狙うと射止めることができた。
竜神は喜んで米俵、巻絹、釣鐘等の宝物を籐太に賜った。俵からはいつでも米が出続けることから「俵籐太」とよばれるようになった。
 (御上神社 由緒略記 参照) → 上方落語 矢橋船




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