村山龍平翁生誕地

村山龍平翁生誕地は、三重県度会郡玉城町香雪園にある。
香雪園の西側入口には、「村山龍平翁生誕之地」石碑が建立されている。

村山龍平(むらやまりょうへい/りゅうへい)(1850-1933)は、嘉永3年4月3日、田丸城主に仕えた村山守雄の長男として当地で生まれた。
明治4年(1871)に、一家を挙げて大阪に移住し、木村平八と協同して西洋雑貨店「玉泉舎」を経営した。
明治12年(1879)木村平八の長男 騰(のぼる)が大阪江戸堀で、朝日新聞創刊第1号を発刊するとき、村山龍平もこれを助けた。
明治14年(1881)木村平八の要請で、上野理一(1880年入社)と共同出資して、「朝日新聞」の経営を引き受けた。
村山はその後東京に進出し、「東京朝日新聞」を発行し、積極的な新聞経営を進めて、「朝日新聞」は日本を代表する新聞となった。

大阪選出の衆議院議員、貴族院議員を歴任し、日本美術の収集家としても活躍したほか、茶人としても知られ、号を香雪と称した。
大正4年(1915)に全国中等学校優勝野球大会(現 全国高等学校野球選手権大会)を支援し、第1回大会の始球式を行っている。
昭和8年(1933)11月4日に兵庫県御影の自宅で死去(84歳)。勲一等瑞宝章を贈られた。

昭和9年(1934)村山家の屋敷跡が公園として整備され、翁の茶人としての号から「香雪園」と名付けられた。
園内には、村山龍平記念碑が建立されており、記念碑前には石のプレートで内野グランドが作られている。




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