奥の院 納骨堂

奥の院 納骨堂は、和歌山県高野山奥の院燈籠堂の北西にある。
納骨堂は、最初、第75代崇徳天皇と皇后によって創建された。
高野山は、昔より納骨の山と言われ、全国各地より、遺骨や爪髪を弘法大師御廟の周辺に埋める習慣があった。
元和8年(1622)4月28日、大和国郡山城主 本多家の家臣 播州姫路の松下河内守元網が江戸時代初期に再建しており、「骨堂」と呼ばれていた。

その後、300年余りが経ち老朽化したため、大正15年(1926)に御遠忌報賛事業の一つとして現在の建物に再建された。
この建物は大阪の小西久兵衛氏が寄進し、九度山の奥野末次郎氏が工事を請け負って完成したものである。
宝形造り八角円堂の建物で、現代でも参詣者が遺骨、遺髪などを納めている。

(写真撮影禁止地域のため写真はありません)



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