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おとせの石は、滋賀県大津市にある。
当地の案内板には、次のように記されている。
おとせの石
源平争乱の時代、堅田の出身で京都の源氏の屋敷に奉公していた、おとせと言う女性がいた。
おとせは、平家滅亡の際に源氏の白旗を守って大津に逃れ、平家の追っ手をさけて湖に飛び込むが、平家の侍に白旗を握った手を切り落とされて死んだ。
片腕はこの地に流れ着き、浜の石を血で染めた。
そして、片腕はおとせの子が指を開かせるまで、忠義を貫いて白旗を離さなかったという。
以来、この浜は、おとせの浜と呼ばれるようになった。
その子は母の遺志をついで白旗を守護し、のち木曾義仲の武将手塚太郎光盛になったという。
この話は、寛延二年(一七四九)浄瑠璃「源平布引滝」に役名を小万(こまん)と替えて取り入れられている。
(大津市史より)
源平布引滝は、寛延2年(1749)11月に大坂竹本座で初演された全五段の時代物の人形浄瑠璃である。
並木千柳、三好松洛の合作で、平家物語や源平盛衰記を題材に、平家を打倒せんとする源氏方の人々の苦悩や、木曽義仲の誕生などが描かれている。
題名は、摂州(兵庫県)布引滝に平家滅亡の神託が現れる話に由来する。
三段目では、おとせがモデルの小万が、源義賢から預かった白旗を離すことなく琵琶湖で亡くなる場面が描かれている。

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