傳燈國師眞然大徳廟は、和歌山県高野山金剛峯寺主殿の後山、阿弥陀峰の山腹にある。
真然僧正は讃岐国佐伯氏に生まれ、弘法大師の甥にあたる。
高野山第二世として、弘法大師から高野山の経営を引き継ぎ、56年にわたり尽力した。
伝法会のもとを開き、次の時代の覚鑁上人に空海の精神を伝えた。
高野春秋編年輯録によると次のように記されている。
「真然は(891年)秋の9月11日に中院(今の龍光院)において、愛染王の三魔地に住して、病もなく忽然と遷化した。
門人は、中院の東方の原野に埋葬した。(略)八九歳であった。」
紀伊続風土記「青厳寺」の項に、「真然僧正の廟堂」として記されている。
昭和63年11月の発掘調査により真然大徳の舎利器(緑釉四足壺、器高18.1cm)が出土した。
昭和40年4月14日に和歌山県の史跡に指定されている。
毎年、9月11日には金剛峯寺で伝灯国師忌が行われる。