白井家 大塩平八郎ゆかりの書院跡

白井家 大塩平八郎ゆかりの書院跡は、大阪府守口市にある。
当地の案内板には、明治期の書院の写真とともに、次のように記されている。

    白井家 大塩平八郎ゆかりの書院跡
 この敷地内には、江戸時代に守口町の豪農 白井家の邸宅があり、その一画に建つ書院を、世間では「大塩平八郎ゆかりの書院」と呼んでいました。
 天保年間の初め、全国的に飢きんが続き大坂市中にも犠牲者が続出しましたが、大坂町奉行所の役人は、なんら対策を立てることができず、また市中の商人はそれを機会に利益を得ようとしました。
 そこで東町奉行所元与力であり、陽明学者でもあった大塩平八郎は、幕府や商人に天誅を加えて窮民を救うべく、密かに門下の与力・同心及び近在の富豪たちと謀って、兵を挙げました。
 これが天保八年(一八三七)二月十九日の「大塩平八郎の乱」です。
 当時の白井家当主の孝右衛門(こうえもん)は、大塩の私塾 洗心洞の有力門人として、経済的な支援を行っており、門弟の中心的人物でした。
 大塩はこの白井家の建物の一室で、守口近郷の農民達に講義したと伝えられています。
 守口市内でも数少ない、歴史上の人物ゆかりの地であったといえます。
  令和四年二月
            守口市教育委員会




TOP PAGE  観光カレンダー
TOP PAGE  观光最佳时期(旅游日历)