崇源院墓域内供養塔は、和歌山県高野山奥の院にある。
崇源院(徳川秀忠夫人)供養塔は、奥之院墓石群の中で最も大きい(高さ6.6m)もので、「一番石(塔)」の名で広く知られている。
崇源院供養塔の墓域内北東隅に4基の供養塔(五輪塔)がある。
各供養塔の概要は、次のとおり。
(水原堯榮氏「高野山金石図説」、天岸正男氏「紀伊高野山石造美術調査記(第一)」密教文化36-7号所収 ほか参照)
写真番号 | 供養者名 | 没年 | 法名 | 備考 |
① | 徳川家祥(後に13代将軍となり 徳川家定)正室 鷹司任子(あつこ) 「右大将家祥公 御簾中」 |
嘉永元年 (1848) |
天親院殿贈従二位 有譽慈仁智誠大姉 |
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② | 11代将軍 徳川家斉正室 広大院 薩摩藩主 島津重豪の娘 「文恭院殿(家斉) 御臺所」 |
天保15年 (1844) |
廣大院殿従一位 超譽妙勝貞仁大姉 |
島津氏で茂姫(寔子)といい 墓所は増上寺 法名は、「広大院殿超誉妙勝貞忍大姉」 |
③ | 12代将軍 徳川家慶正室 有栖川宮職仁親王の第六王女 喬子(たかこ)女王 「家慶公 御臺所」 |
天保11年 (1840) |
浄觀院殿 従三位慈門 妙心(信)大姉 |
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④ | 徳川家康異母妹 市場姫 逆修塔 「本国三刕岡崎家康様御妹 市場様御逆修也」 |
逆修 建立年 元和2年 (1616) |
光玄院殿 妙譽大姉 |
荒川平右衛門同名次郎九郎が 母の逆修塔を建立したもの 寛政重修諸家譜によると、 法名は、「松誉貞月光源院」 |
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