住吉大社

住吉大社は、大阪市住吉区住吉にある神社である。
住吉大社は、全国2000余社の住吉神社の総社である。
日本書紀、古事記によると、神功皇后の新羅征討のときに、筒男3神があらわれ、海上安全や武運などを祈って、この地にまつったのが始まりといわれる。
その後神功皇后もまつられた。
大鳥居を入ると、住吉大社の象徴、太鼓橋(反橋)に着く。
明治時代以前は、神輿だけが通行を許されたが、現在はこの橋を参拝者が渡るだけで、祓除になると言われる。
太鼓橋を渡り、石畳を進むと住吉鳥居があり、これをくぐると本殿がある。
神社建築の最古の様式の一つである住吉造りの4棟の本殿(国宝)は、すべて西を向いている。
第一殿(底筒男命)、第二殿(中筒男命)、第三殿(表筒男命)が、東西一列に並び、第四殿(神功皇后)は、第三殿の南側にある。
河竹黙阿弥作の歌舞伎「酔菩提悟道野晒(すいぼだいごどうののざらし)」(野晒悟助)の序幕第1場 摂州住吉鳥居前の場で、花見の場面が描かれている。
南海電鉄南海線の住吉大社駅から徒歩1分。



御田植神事

境内の南にある御田(おんだ)(面積約20アール)では、毎年6月14日に御田植神事(おたうえしんじ)が行われる。
古くは「住吉の御田」と呼ばれ、五穀豊穣を神に祈る神事である。
伝承によると、住吉大社鎮座の際に神功皇后が住吉大神の御供田として神田を定め、長門国(山口県)から植女(うえめ)を召したことに始まるという。
後に植女の末裔が乳守の遊女になったという伝説があり、堺の遊女が植女として奉仕する習わしがあった。
明治維新に際して神事廃絶の危機にあったが、大阪新町の尽力で植女の儀が復興され、昭和54年(1979)に国の重要無形民俗文化財に指定された。
御稔女(みとしめ)による神田代舞(みとしろまい)や、男児による源平合戦、女児による住吉踊りなどが行われる。




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