豊浦宮跡、豊浦寺跡

豊浦宮跡(とゆらのみやあと)、豊浦寺跡(とゆらでらあと)は、奈良県明日香村にある。
現地の案内板には次のように記されている。
  推古天皇豊浦宮跡 豊浦寺跡
 593年、推古天皇豊浦宮にて即位する。以来約100年間、歴代の天皇は宮を飛鳥の地に集中的に営み、飛鳥は政治の中心地となり、大陸の先進文化を摂取し斬新・華麗な飛鳥文化が花開いた。
603年、北に接して小墾田宮をつくり、豊浦宮は蘇我氏に賜って豊浦寺になったと伝えられる。
 明日香村豊浦の向原寺一帯には往時の礎石が残っており、また、1957年以来数度におよぶ発掘調査により、豊浦寺の遺構が確かめられ、遺跡の保存がはかられてきた。1985年、向原寺庫裡の改築に伴い発掘したところ、7世紀前半建立の豊浦寺の講堂と推定される立派な瓦葺き礎石建物跡が見つかった。
さらに、その下層から石敷を伴う掘立柱建物跡が掘り出された。建物は南北3間(5.5m)以上、東西3間の高い床張りである。
 飛鳥の宮殿は、建物のまわりに河原石を敷いて舗装するのが特徴であり、したがって、ここに展示する豊浦宮の建物跡は、飛鳥における最初の宮殿遺構として価値が高い。
 今回推古遺跡守る会の熱意により遺構の一部を公開して、見学者の便に供する処置がとられた。
   昭和六拾年   奈良国立文化財研究所解説
             推古遺跡守る会建之


推古天皇豊浦宮跡

相原嘉之氏「飛鳥・藤原の宮都を語る」によると、豊浦寺の伽藍として、講堂、金堂、塔、尼坊が紹介されている。
南の集落内の民家敷地内には、塔心礎があり、「推古天皇豊浦宮跡」石碑が建立されている。




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