趙樸初作漢俳碑は、和歌山県高野山大師教会境内にある。
趙樸初(ちょうぼくしょ)(Zhao Puchu)(1907-2000)は、中国仏教の指導者で、詩人、書家としても知られる。
安徽省で生まれ、1930年代に上海で難民救済、浮浪児童救済に従事して、仏教者による社会福祉の分野で活躍した。
1952年以降、中国仏教協会の要職を歴任し、寺院の修復、国際交流事業に尽力したほか、「人間(じんかん)仏教」の理念を掲げ、仏教と現代社会の調和を図り、中国仏教の復興に尽くした。
弘法大師一千百五十年御遠忌に際し、中国仏教協会会長として、西安市恵果空海記念堂建立に尽瘁した功績を讃え、垣本剛一氏の寄進で、昭和59年1月30日に碑が建立された。
趙樸初自作の漢俳(中国流の俳句)が、碑面に刻されている。
山陰石楠氏の解説文に下記の読み下し文が載せられている。
山ハ魏々タリ高野山
金剛峯(コンゴウホウ)上 月輪(ガチリン)圓(マド)カニシテ
霊気 人間(ジンカン)ニ満ツ
西ニ長安(チョウアン)ヲ望メバ 海天ニ接ス
當(マサ)ニ法(ノリ)ヲ求メシ年憶(オモ)ウベシ
秘府(ヒフ)為メニ 門ヲ開キ
豈ニ独リ 金胎(コンタイ)両部ヲ 承ケシノミナラズ
文鏡自ラ 通明ス
霧集リ 復(マタ)雲連ナリテ
両邦世々弟兄ノ縁(エニシ)タラン
弘法大師示寂一千一百五十年歳次甲子ノ春
趙樸初 作頌並ビニ書
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