遠州掛川北條家供養塔

遠州掛川北條家供養塔は、和歌山県高野山奥の院中の橋北西にある。
市川団十郎墓所の西側にある。
戦国時代に関東一円を支配した北條氏の傍系北條綱成の子孫にあたる一族である。
大型五輪塔が2基あり、東側(中は橋側)が、北條氏重供養塔、西側(一の橋側)が、北條氏重後室の證心院供養塔である。
北條氏重(1595-1658)は江戸時代前期の大名である。
文禄4年に信濃高遠城主 保科正直の4男として生まれ、北條氏勝の養子となり、慶長16年(1611)下総岩富藩藩主(北條家2代)となった。
その後、下野富田藩、遠江久野藩、下総関宿藩、駿河田中藩を経て、正保5年(1648)遠江掛川藩3万石藩主となった。
万治元年10月1日、64歳で死去し、嗣子がなかったため、改易となった。
證心院は、但馬豊岡初代藩主杉原長房の娘である。



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