旧名手宿本陣は、和歌山県紀の川市にある国史跡である。
名手宿の本陣をつとめた妹背家は、中世以来紀伊八庄司(しょうじ)のひとつにあげられた名家で、当時名手荘及び丹生谷を領した土豪であった。
元和5年(1619年)徳川頼宜が紀伊国に封じられた後、在地の由緒ある家筋のものを地士として処遇し、妹背家は地士頭(じしがしら)の扱いを受けた。
寛永16年(1639年)からは名手組の大庄屋になり、世襲した。
住宅は名手市場村にあり大和街道沿いに面していたので、参勤交代や鷹狩の折りに、藩主がこの家に宿泊するようになり、以降本陣と呼ばれた。
住宅の敷地は、大和街道に沿って間口40m、奥行き70mで、約2800㎡の広さである。
敷地内の主屋、米蔵、南倉は、旧名手本陣妹背家住宅として、国指定の重要文化財となっている。
主屋は、江戸時代初期の建築であったが、正徳4年(1714年)の火災で焼失し、享保3年(1718年)に再建された。
妹尾家は、華岡青洲の妻 華岡加恵の実家であり、屋敷の北には江戸時代伊都郡代官の建物があった。
JR和歌山線名手駅下車、徒歩5分。本陣東側に来訪者用の駐車場がある。