峰條山楠妣庵観音寺は、大阪府富田林市大字甘南備にある臨済宗妙心寺派の仏教寺院である。
妣とは、偉大な人の母を意味し、楠妣は楠木正行の母で楠木正成夫人の久子を指す。
久子は、甘南備の豪族南江備前正忠の妹で、1323年に楠木正成と結婚し、正行など6人の息子を育てた。
1348年楠木正行、正時兄弟の討死後、楠木一族の菩提を弔うため、久子は出家して、敗鏡尼と称し、観心寺の中院からこの地に移って草庵を営み1364年に61歳で死去した。
その後楠木正儀が亡き母のため墓地を造営し、不二房行者を住持させて、観音堂を改め観音寺としたが、足利方に攻められて廃墟となった。
1911年長峰葉山の調査によって、久子の墓所が明らかになり、岐阜の加藤鎮之助の研究によって1913年から寺院跡の復旧が進められた。
1915年に久子夫人墓所、1917年に伊東忠太工学博士の設計で旧草庵、1922年に旧本堂が順次復元され、1932年に新本堂が建立され、千手観音が本尊とされた。
近鉄長野線富田林駅から近鉄バスで「甘南備」下車徒歩5分。