往生寺

安楽山 苅萱堂 往生寺は、長野市西長野往生地にある浄土宗の寺院である。
境内にある案内板には、次のように記されている。
    往生寺
鎌倉時代の仁平(1152-1154)の頃、九州博多の大名であった加藤佐衛門尉重氏が、世の無常を感じ、家を捨てて、高野山に登り、寂照坊と名を変えて修行していました。世に言う刈萱上人です。
そこへ、その子石堂丸が尋ねてきて、弟子入りを迫りました。刈萱上人はやむなく許したものの、親子の情愛に流され、修行がおろそかになることを怖れ、ここ信濃の善光寺に移り住み、八三才で生涯を閉じました。
往生寺は、刈萱上人の最期の修行地としての遺跡です。
        長野市

明治6年建立の本堂内には、刈萱上人(等阿法師)と石堂丸が刻んだ二体の親子地蔵尊が祀られている。
親子地蔵尊前では、かるかや上人一代記絵伝の「絵解き」が行われており、貴重な教化風俗となっている。
本堂北側の階段上には、刈萱上人御廟所(刈萱塚)と善光寺御来迎松がある。
本堂南側には、夕焼の鐘がある。童謡「夕焼小焼」の作曲者 草川信は、毎夕鳴り響くこの鐘の音を耳にした幼少の思い出をもとに、大正12年に作曲した。
作詞者 中村雨紅の直筆による歌碑が鐘楼前に建立されている。
JR長野駅からバスで善光寺入口下車、徒歩約25分。参拝者用の駐車場がある。



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