常高寺

凌霄山(りょうしょうざん) 常高寺は、福井県小浜市にある臨済宗妙心寺派の寺院である。
常高寺は、江戸時代初期の小浜藩主 京極高次の妻 常高院(お初の方)(浅井長政とお市の方の次女)によって建立された。
晩年江戸に滞在していた常高院は、自らの心の拠り所として、また夫高次の菩提を弔い、さらには父母等の供養のため、寛永7年(1630)息子の忠高が領する小浜の地に、一寺建立を発願し、小浜出身の槐堂周虎禅師を迎えて開山とした。
その後、常高院は寛永10年に江戸にて没し、その遺骸は後瀬山麓にある常高寺の境内地に葬られた。→ 常高院墓所
寛永15年(1638)には、かつて豊臣秀吉から常高院に与えられ京極家が管理していた近江国蒲生郡の化粧料地2045石の内から、300石を寺の経営基盤として認める将軍徳川家光の朱印状が出されている。
京極家やその後の小浜藩主となった酒井家からも保護を受け、江戸から明治にかけて寺は隆盛を誇り、禅界の逸材も輩出した。
明治以降、寺領が没収され、大正12年には本堂焼失などの災難が続いたが、近年再建され境内地も整備された。
寺宝として、常高院肖像画、常高院自筆消息、御朱印状、江戸時代中期の狩野美信筆の障壁画などを有している。
俳人尾崎放哉が大正14年(1925)に寺男として住み込んだことから、句碑(浪音淋しく三昧や免させて居る)が建立されている。
JR小浜線小浜駅からタクシーで5分、参拝者用の駐車場がある。→ 浅井三姉妹ゆかりの地



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