かげろふ塚

かげろふ塚は、和歌山県高野山奥の院にある。
かげろふ塚は、作家中山義秀の逆修碑で、かつては親交のあった三宝院の草繋全弘の逆修碑と並んで建てられていた。
昭和44年に、高野山真言宗宗務総長であった草繋全弘が死去した時に、草繋全弘の逆修碑は、関東大震災供養塔の右側に新しく作られた墓に移されている。
かげらふ塚の石碑は、昭和39年(1964)に建立されたもので、中山義秀自筆の次の文が刻まれている。
  在りし日のかたみともなれ
           かげろふ塚
         なかやま
            義秀
            すみ
中山義秀は、明治33年に生まれ、早稲田大学を卒業後、学校に勤務しながら作家活動を続け、昭和13年に「厚物咲」で芥川賞を受賞した。
昭和27年、52歳の時に一人で高野山を訪れ、三宝院に滞在して「高野詣」を執筆し、住職の草繋全弘と親交を深めたという。


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