尾張徳川家供養塔

尾張徳川家供養塔は、和歌山県高野山奥の院にある。
奥の院32町石(安芸浅野家供養塔)東側の玉川沿い参道にある。
徳川義直が母 お亀の方の菩提を弔うために建立した。
墓石地輪には、次のように刻されている。
   寛永十九壬午年(1642)潤(閏)九月十六日
        相應院殿
(梵字)    信譽公安
        大禅定尼
     施主 孝子尾張大納言源義直建立

お亀の方(1573-1642)は、徳川家康の側室である。
天正元年に生まれ、石清水八幡宮の祠官 志水宗清(しみずむねきよ)の養女となった。
竹腰正時に嫁し、夫の死後 徳川家康の寵愛を受けて仙千代(早世)と五郎田丸(後の徳川義直)を産んだ。
家康没後は尼となり、相應院と称した。寛永19年閏(うるう)9月16日死去。70歳。

徳川義直(1600-1650)は、徳川家康の第九子で、徳川御三家の筆頭尾張家の祖である。
関ヶ原の合戦の年である慶長5年(1600)11月28日に、大坂城西の丸で お亀の方(相應院)(1573-1642)を母として生まれた。
慶長12年(1607)に尾張藩主となり、慶長15年新たに築かれた名古屋城主となった。
元和元年(1615)には浅野幸長(よしなが)の娘と結婚した。



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