薩摩島津家供養塔(四番石)

薩摩島津家供養塔(四番石)は、和歌山県高野山奥の院24町石南側にある。
現地の案内標柱には、薩摩島津家初代家久二代光久綱久墓所と書かれている。
正面の扁額には、泰清院、慈眼院、寛陽院と書かれており、向かって右から扁額記載順に五輪塔が建立されている。
慈眼院は、初代藩主 島津家久(1576-1638)、
寛陽院は、二代藩主 島津光久(1615-1695、)
泰清院は、光久長男の島津綱久(1632-1673)で、42歳で父の光久に先立って死去した。
慈眼院の五輪塔は、光久が建立し、寛陽院と泰清院の五輪塔は、綱久の長男で三代藩主 島津綱貴(1650-1704)が建立している。 → 高野山奥の院 薩摩島津家石塔 薩摩島津家供養塔(綱貴他) 薩摩島津家供養塔(重豪他)



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