賤ケ岳古戦場

賤ケ岳古戦場は、滋賀県長浜市木之本町にある。
賤ケ岳の合戦は、本能寺の変で没した織田信長の跡目をめぐって、天正11年(1583)4月に羽柴(豊臣)秀吉と柴田勝家が覇権を争った戦いである。

天正11年3月越前北庄(きたのしょう)(現、福井県福井市)から南下した柴田勝家軍と北上する羽柴秀吉軍は、北国街道沿いの木ノ本などに各々砦を築いて対峙した。
4月に秀吉が織田信孝らを討つため岐阜へ出陣した隙に乗じて、勝家側の佐久間盛政が奇襲をしかけ、大岩山を守備する中川清秀勢を全滅させたことから、本格的戦闘が開始された。→ 中川清秀の墓
勝家の指示を無視して攻勢をかけた盛政に対して、美濃大垣から近江木ノ本までの13里(約50㎞)を、5時間で取って返すという「美濃の大返し」で秀吉が反撃に転じた。
秀吉軍は福島正則などの武将の活躍で賤ケ岳の合戦に勝利し、さらに敗走する敵軍を越前北庄城に追いつめて、柴田勝家と妻お市を自刃させた。

賤ケ岳山上には、史蹟 賤ケ嶽の石碑や武将像、「七本槍古戦場賤ケ嶽」案内柱などがある。
この合戦の際、秀吉側の「賤ケ岳の七本槍」と呼ばれる武将の活躍が後世に伝えられている。
福島正則、加藤清正、片桐且元、脇坂安治、加藤嘉明、平野長泰(ながやす)、糟屋武則の七人が七本槍に数えられるが、福島正則は別格で、かわりに石川一光を加えて七人とする説などもある。

賤ケ岳(421.1m)は昭和24年(1949)に「新雪 賤ケ岳の大観」として、琵琶湖八景の一つに選定された。
JR北陸本線木ノ本駅からバスで大音下車、賤ケ岳リフトで約6分。リフト乗り場に駐車場がある。



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