武田信玄勝頼墓所

武田信玄勝頼墓所は、和歌山県高野山の奥の院22町石の南にある。
武田信玄(1521-1573)は、好敵手上杉謙信とともに乱世を生きた戦国武将である。
性格直情の中にも文を学び、神仏に帰依した。
戦国武将らしく簡素な墓石は、上杉家の霊廟に比べて、却って人の心に迫るものがある。
向かって左が武田信玄、右がその子武田勝頼(1546-1582)の供養塔である。

信玄の五輪塔地輪には、次のように刻されている。
(前面) 俗名 武田信玄
     (梵字ア) 恵林寺殿
(裏面) 天正元酉年四月十二日
                逝去
     天正乙亥年三月六日建立

勝頼の碑面には、次のように刻されている。
(前面) 俗名 勝頼
     (梵字ア) 法泉院殿
(裏面) 天正十年三月十一日逝去

菩提所は、成慶院(せいけいいん)で、和歌山県の史跡に指定されている。
南海高野線高野山駅からバスで玉川通下車、徒歩10分。


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