安土城跡

安土城跡は、滋賀県近江八幡市安土町下豊浦(しもといら)の安土山(標高199m)にある特別史跡である。
織田信長(1534-1582)が天下統一のための拠点として築いた平山城で、天主(天守閣)を有する日本最初の近世城郭として知られる。
普請奉行は信長重臣の丹羽長秀で、天正4年(1576)に着工し、天正7年(1579)にほぼ完成した。
現在は四方とも干拓により陸地となっているが、当時は琵琶湖の内湖(伊庭内湖、常楽湖)に囲まれ、南方だけが開けていた。
織田信長は、着工直後に岐阜の稲葉山城から安土城に移った。その理由は、越後の上杉謙信対策と北陸の一向一揆監視で、岐阜城よりも京に近いという利便性や琵琶湖水運を掌握するという利点も指摘されている。
天主完成から3年目の天正10年(1582)6月2日本能寺の変で、織田信長が自刃し、6月15日には天主などを焼失して落城した。原因は、織田信雄が誤って焼き払ったという説や明智光秀軍による放火という説がある。
延長約180mの大手道西側には、伝羽柴秀吉邸跡などがあり、二の丸跡には、織田信長公本廟がある。
天主跡は東西、南北それぞれ約28mの台地で、礎石が1.2mおきに並んでいる。
ここには、五層七階(地上6階地下1階)の天主(高さ33m)があり、イエズス会の宣教師ルイスフロイスは、「ヨーロッパにあるとは思えないほどの壮大さ」であったと記している。
また、かつて徳川家康邸の場所には、現在摠見寺が建てられている。
JR東海道線安土駅下車、徒歩25分。来訪者用の駐車場がある。


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