常陸土浦藩 土屋家供養塔(初代 数直他)は、和歌山県高野山奥の院21町石東にある。
日向高鍋藩秋月家供養塔と崇源院殿(江姫)六角宝塔の間に位置する。
史跡金剛峯寺境内(奥院地区)大名墓総合調査報告書によると、中型五輪塔7基が並んでおり、次の供養塔が確認できる。
写真番号 | 供養者名 | 没年 | 法名 | 備考 |
① | 常陸土浦藩 二代藩主土屋政直の三男 土屋 定直 |
宝永2年 (1705) |
大慈院殿英叟 義雄(勇)居士 |
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② | 老中 常陸土浦藩 二代藩主 土屋 政直 |
享保7年 (1722) |
徳相院殿 俊翁道耆大居士 |
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③ | 常陸土浦藩 二代藩主土屋政直の次男 土屋 昭直(てるなお) |
元禄3年 (1690) |
崇峯院殿中巖 玄庸 |
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④ | (恵明院殿) | 延寶7年 (1679) |
恵明院殿 | |
⑤ | 常陸土浦藩 八代藩主 土屋 寛直 |
文化7年 (1810) |
祥善院殿前土浦城主 徳倫元良大居士 |
幕府への届け出と 供養塔建立年は、 文化8年 |
⑥ | 老中 常陸土浦藩 初代藩主 土屋 数直 |
延寶7年 (1679) |
融相院殿 寛翁道智大居士 |
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⑦ | 土屋数直正室 土屋政直母 水野忠貞娘 |
貞享3年 (1686) |
雲松院殿 法性恙宣尼大居士 |
常陸国土浦藩主土屋氏の家祖は、上総国久留里藩主土屋忠直の次男数直で、宗家は三代で廃絶となったが、分家の土浦藩主土屋家は、明治維新まで存続している。
当地墓所の30メートル南西には、常陸土浦藩 土屋家供養塔(3代陳直他)がある。
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