稲葉正成供養塔

稲葉正成供養塔は、和歌山県高野山奥の院にある。
奥の院28町石と高麗陣敵味方戦死者供養塔の間の道を約40m北に坂を登った所に建立されている。
東側の崩れている供養塔は、土岐家のものである。
稲葉正成(1571-1628)は、戦国時代の武将、大名で、豊臣秀吉や小早川秀秋に仕えた後、徳川家に仕えた。
元亀2年(1571)林惣兵衛政秀の次男として生まれ、稲葉重通の婿養子となるが、妻に先立たれたため、重通は、姪の福(後の春日局)を養女として、正成に嫁がせた。
その後、慶長9年に福と離縁し、福は徳川家光の乳母となった。
正成は、慶長12年(1607)に美濃十七条藩(現岐阜県)一万石藩主となっている。
当地の南側には、稲葉正勝供養塔がある。



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