伊勢桑名松平家供養塔 奥平信昌夫人 亀姫供養塔

伊勢桑名松平(奥平)家供養塔は、和歌山県高野山奥の院22町石南西にある。
紀州初代藩主 徳川頼宣供養塔の東側にある。
史跡金剛峯寺境内(奥院地区)大名墓総合調査報告書によると、墓域内には、大型五輪塔2基と中・小型五輪塔4基がある。
参道に面したところには、巨大な五輪塔が2基建立されている。
東側の供養塔は、奥平信昌夫人亀姫供養塔である。
亀姫(盛徳院)は、徳川家康の長女で、母は築山御前である。二代将軍徳川秀忠や、紀伊頼宣は、弟にあたる。
徳川家康は、関ヶ原の戦いの翌年、娘 亀姫の婿 奥平信昌を美濃加納に送った。
加納には織田信長が築いた岐阜城があり、中山道も通る要衝で、家康が重視ていた場所である。
西側の低い方の供養塔は、美濃加納藩3代藩主の奥平忠隆供養塔である。
奥平家は、寛永9年(1632)に忠隆が25歳で死亡し、死後に生まれた息子の右京は病弱で家督相続が認められず、改易となった。
奥田信昌の四男忠明を祖とする松平(奥平)家は、転封が続き、伊勢桑名藩を経て、武蔵忍藩主で明治維新を迎えている。
上記の調査報告書によると、当地墓所の奥(南側)には、伊勢桑名藩6代藩主 奥平忠翼供養塔がある。



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