師直塚

師直塚は、兵庫県伊丹市池尻の国道171号線の側道にある。
足利家の武将高師直(こうのもろなお)は、観応2年(1351)上杉能憲(よしのり)勢の待ち伏せに遭い、
当地で子息五郎、弟師泰(もろやす)と共に討たれ、高一族は滅ぶことなった。
高師直(?-1351)は、南北朝時代の武将で足利尊氏が上洛の時すでにその側近にあり、足利家の執事として、
北畠顕家を倒し、河内の南朝軍を弟師泰とともに制圧し、楠木正行を四條畷の戦いで破るなどの功績があった。
高師直らの没後、墓らしき塚が残っていたが、いつしか耕作の妨げになるとして崩された。
大正4年(1915)山田村の青年団有志により、現在の師直塚が建立され、国道の拡張工事などにより、現在地に移された。
太平記では、高師直の傲りが描かれており、神仏さえ恐れない現実主義者だったといわれて、
佐々木道誉、土岐頼遠とともに婆娑羅三傑といわれる。
太平記巻二十一では、高師直が塩谷判官高貞(えんやはんがんたかさだ)の美貌の妻に横恋慕し、
吉田兼好に代筆させた恋文を届けたが、思い通りとならず、高貞が陰謀を企てていると、将軍足利尊氏に讒言し、
高貞が討たれてしまうという話が残されている。
赤穂浪士の仇討事件を題材にした江戸時代の浄瑠璃、仮名手本忠臣蔵では、吉良上野介義央(よしなか)の代わりに高師直が敵役として描かれている。


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