小谷城跡

小谷城跡は、滋賀県長浜市湖北町にある国史跡である。
浅井亮政が、大永年間(1521~28)に標高495mの小谷山に小谷城を築いた。
中世五大山城に数えられ、浅井氏三代(亮政、久政、長政)の居城となっていた。
小谷山の主峰 大嶽(おおずく)495mから東尾根は搦手となり、月所(げっしょ)丸、六坊跡と呼ばれている。
そこから、南方へ少し登ると山王丸があり、尾根伝いに、小丸、京極丸、中ノ丸、本丸、番所などが続いている。
本丸東側の赤尾屋敷跡には、「浅井長政自刃之地」の石碑が建てられている。
元亀元年(1570)の姉川の合戦で織田信長に敗れた浅井長政は、当地の小谷城に籠城して信長軍と対峙したが、周辺の支城は落とされて孤立することとなった。
その後、信長軍は越前で朝倉義景を滅ぼし、小谷城に戻って、豊臣秀吉が小丸を攻め、浅井久政が自害した。
小谷城本丸への攻撃が始まったため、浅井長政は正室お市と娘の三姉妹(茶々、お初、お江)を城から出し、激闘を繰り広げたが、天正元年(1573)9月1日赤尾屋敷内で自刃した。
浅井氏三代の墓は、長浜の徳勝寺に建てられている。
平成19年(2007)には、小谷城戦国歴史資料館が開館している。
JR北陸本線河毛駅からバスで小谷城址口下車。



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