親鸞聖人供養塔

親鸞聖人供養塔(親鸞聖人圓證兼実覚信尼墓所)は、高野山奥の院にある。
奥の院19町石の西南方向で、熊谷直実平敦盛供養塔と同じ玉籬内にある。
宮川良彦氏の「弘法大師と高野山」によると、昭和50年代に同氏が親鸞聖人の宝篋印塔を発見し、東本願寺が法要を行い、信者が花崗岩製の玉籬を寄進した。
玉籬内には、6基の石塔(五輪塔及び宝篋印塔)がある。
向かって左から、長泰寺殿、親鸞聖人、覚信尼、圓證兼実、平敦盛、熊谷直実の各石塔が並んでいる。

左端の五輪塔地輪には、次のように刻されている。
 武州忍城主成田下総氏長
 (梵字) 長泰寺殿
 天正十五年五月朔日為人
長泰寺殿とは、下野鳥山藩主 成田氏長の父 成田長泰(1495-1574)である。

親鸞聖人の宝篋印塔には、次のように刻されている。
(正面)弘長二年
    親鸞
    十一月二十八日
(右側面)弘長四年四月日
      覚信尼 立之
覚信尼は、親鸞聖人の娘で、親鸞入寂の二年後に建立した。
圓證は、関白 九条兼実(1149-1205)の法名で、娘の玉日が親鸞の妻となったといわれる。
高野山奥の院には、見真大師御墓も建立されている。
また、親鸞聖人の墓所は、京都の大谷本廟及び大谷祖廟、新潟県上越市の浄興寺にある。

 



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