広八幡神社

広八幡神社は和歌山県広川町上中野にある。
祭神は誉田別神、長足短姫命、足仲津彦命である。
6世紀、欽明天皇の時代に前田に創建されたと伝わり、応永年間(1394-1428)に土豪 梅本覚言が現在地に遷宮したという。また、社伝では河内国誉田八幡の勧請ともいわれる。
室町時代に造営された檜皮葺、三間社流造の本殿をはじめ、6棟の国指定文化財を有している。
嘉永4年(1851)に濱口梧陵の呼びかけで結成された「広村崇義団」の設立書が奉納されている。
安政元年(1854)11月5日の安政南海地震津波の際、濱口梧陵が稲むらに火を放ち、1400人の村人たちを一時避難させた高台の神社である。
現在も津波避難場所に指定されていて、平成25年(2013)には避難施設も整備された。
毎年11月5日、世界津波の日に開催されている「津浪祭」の式典後には、当神社への避難訓練も行われる。

楼門をくぐると、1765年に建立された「舞殿(ぶでん)」(和歌山県文化財)がある。土地の人々が田植えから収穫までを踊りと楽器で表現する「田楽舞」の舞台として使われる。
広八幡宮では、室町時代から五穀豊穣を願う舞として行われており、毎年秋の例大祭(10月1日)と宵宮祭で奉納される。

境内には、濱口梧陵君碑が建てられている。
濱口家を継ぐ当主、権太が、濱口梧陵と親交の深かった勝海舟に文面の作成を依頼して、明治25年(1892)に建立された。
書は明治の三筆と呼ばれた書家 巌谷一六が、刻字は東京の碑刻師、宮亀年が担当した。
濱口梧陵顕彰碑の高台から、津波の後、復興と防災のため濱口梧陵が私財をなげうって築いた広村堤防の松並木が見渡せる。
広川ビーチ駅下車徒歩20分、参拝者用の駐車場がある。


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