吉備姫王墓 猿石

吉備姫王墓 猿石は、奈良県明日香村にある。
吉備姫王墓(きびひめみこのはか / きびつひめのおおきみのはか)は、宮内庁が管理しており、「敏達天皇皇孫茅淳王妃吉備姫王 檜隈墓(ひのくまのはか)」と称されている。
孝徳天皇と皇極(斉明)天皇の生母にあたり、「日本書紀」によれば吉備姫王(吉備嶋皇祖母命(きびしまのすめみおやのみこと))は皇極天皇2年9月に亡くなり、檀弓岡(まゆみおか)に葬られたとある。
また、延喜式諸陵寮には欽明天皇陵と同じ陵域内に墓があると記されていることから、吉備姫王墓に治定されている。
一方、古墳と認定する資料に乏しいことから、当地から約300m東にあるカナヅカ古墳が、吉備姫王檜隈墓の可能性があるとの見解も出されている。
(西光慎治氏 欽明天皇檜隈坂合陵 培冢 カナヅカ古墳の覚書 参照)

墓域内には、元禄15年(1702)に欽明天皇陵の南側の字イケダの水田から掘り出された石造物4体があり、猿石と称されている。
4体とも高さ1メートルほどの花崗岩製である。
西に面して4体が南北に並べられており。北から順に「女」「山王権現」「法師(僧)」「男」と呼ばれており、法師(僧)以外の3体には裏面にも異形の顔が彫られている。
猿石の用途は不明で、造形についても伎楽の演者をあらわすという見解など諸説がある。
高取城跡にも猿石と呼ばれる石像があり、橘寺にある二面石も共通した特徴を持っている。
高取町観覚寺の光永寺にある人頭石(顔石)は、当地の猿石と同様に小字イケダ付近から出土したと見られている。
平安時代の今昔物語集には、この陵の堤に「石の鬼形」が立っていると記されており、猿石のことではないかといわれている。
近鉄吉野線飛鳥駅下車、徒歩5分。



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